間違いなく正しく、迷わず始められることをする

公開日:2026-08-31 792 文字 3 分で読めます

プロサッカー選手になるまでの道筋を、あらかじめすべて描ける人はいない。どのクラブに入り、どの監督と出会い、どの試合でチャンスが訪れるかは計画できない。それでも、今日ドリブルをもう一度練習することは、まず間違いではない。足の内側でボールに触れ、外側で方向を変え、体から離れすぎない位置に収める。その練習だけでプロになれるわけではない。ただ、本当にボールが来たとき、受け止められる可能性は高くなる。

これが、私の言う「間違いなく正しく、迷わず始められること」だ。間違いないのは結果ではなく、方向である。サッカーがうまくなりたいなら、ドリブルをもう一度練習しても、目標から遠ざかることはない。簡単なのも練習そのものではない。ドリブルは疲れるし、単調で、長いあいだ上達が見えないこともある。簡単なのは、やるべきかどうかの判断だ。ボールが足元にある。なら、練習すればいい。

AI の進歩が速すぎて、五年後にどの仕事がなくなり、どんな製品が生まれ、今日覚えたツールがいつまで使えるのか、ますます予測しにくくなっている。予測を重ねても、未来がはっきり見えるわけではない。それなら、AI 時代のドリブルを練習すればいい。新しいモデルが出たら、実際の仕事で試す。重要な論文が出たら、原文を読む。誰かが Agent で仕事を自動化していたら、自分でも一つ作ってみる。モデルやツールはすぐ古くなるかもしれない。それでも、どこで役に立ち、どう失敗し、結果をどう検証すべきかという一次情報は、自分の経験として残る。

未来が見えないときほど、やるべきか迷う必要がなく、やったあとに経験が残る行動を繰り返したほうがいい。一度試しただけで不安が消えるわけでも、思い描いた場所にたどり着ける保証が生まれるわけでもない。ただ、ボールがどこから来るのかを立ち止まって予想し続けずにすむ。ボールはまだ足元にある。なら、もう一度運べばいい。