高校数学で最も価値のある授業:必要条件と十分条件
高校数学で最も価値のある授業は、どこかの複雑な公式ではなく、必要条件と十分条件だ。数学の授業を離れたあとも、私たちは毎日この二つの概念に出会っている。ただ、「ここで言っているのは必要条件なのか、それとも十分条件なのか」と念を押してくれる人が、もういないだけだ。
いちばん簡単な例は、雨と傘だ。「外で雨が降っている」ことと「外で傘を差している人がいる」ことで考えてみよう。「雨が降っている」は「傘を差している」の十分条件だろうか。そうではない。雨が降っていても、人が傘を差すとは限らない。レインコートを着る人もいれば、そのまま雨に濡れる人もいるし、そもそも外に出ない人もいる。では、「雨が降っている」は「傘を差している」の必要条件だろうか。これも違う。雨が降っていなくても、たとえば日差しが強い日には、日傘を差している人がいる。
雨と傘は明らかに強く関係しているのに、「雨が降っている」は「傘を差している」の十分条件でもなければ、必要条件でもない。この授業にとりわけ価値があるのは、まさにこの点だ。「関係がある」という曖昧な一言を、分解して見ることを迫ってくる。
必要条件が問うのは、「Aがなくても、Bは起こりうるか」ということだ。もし起こりえないなら、AはBの必要条件であり、簡単に言えば「これがなければダメ」ということになる。十分条件が問うのは、「Aさえあれば、Bは必ず起こるか」ということだ。もし必ず起こるなら、AはBの十分条件であり、つまり「これさえあればいい」ということになる。
日常の議論で起きる問題の多くは、ここにある。私たちは二つの事柄がよく一緒に現れるのを簡単に見て取り、知らず知らずのうちに、その「関係がある」ということをはるかに強い結論として語ってしまう。
たとえば、「優れた企業はどこも強いブランドを持っている。だからブランドが企業の成功を決める」「この製品が成功したのは、AIブームに乗れたからだ」、あるいは「この人がうまくいっているのは、実行力が高いからだ」といった言い方がある。どれももっともらしく聞こえるが、必要条件と十分条件で問い直してみると、もとの問いには実はまだ答えが出ていないことが分かる。強いブランドがなければ、企業は決して成功できないのか。強いブランドがあれば、企業は必ず成功するのか。同じ問いを「AIブーム」や「実行力」に当てはめてみても、答えはたいてい「そうとは限らない」だ。
これは、ブランドやタイミング、実行力が重要ではないという意味ではない。「重要ではない」「役に立つ」「強く関係している」「必要条件」「十分条件」は、実は強さがまったく異なる五つの判断なのだ。多くの場合、私たちが見ているのは「役に立つ」か「強く関係している」にすぎないのに、口に出すときには「それがなければダメ」や「それさえあればいい」に変わってしまう。
もちろん、現実の世界は数学よりはるかに複雑だ。数学ではAとBをきわめて明確に定義できるが、現実における「成功」「努力」「能力」「ブランド」は、定義さえ統一されていないことが多い。
だからこそ、この授業はとりわけ覚えておく価値がある。これから「AはBの成功の鍵だ」といった言葉を耳にしたら、すぐに賛成したり反対したりせず、まずは二つのとても簡単な問いを立ててみるといい。Aがなければ、Bは必ず成り立たないのか。Aがあれば、Bは必ず成り立つのか。
いかにも確かそうに見える結論の多くは、ここまで問うた時点で、実はもう一度議論し直す必要が出てくる。