日本でビジネスをするなら、安心して紹介できる人になる

公開日:2026-09-23 3,288 文字 11 分で読めます

商品もチームも仕事の質も変わっていない。ただ、知人からの紹介に頼らず仕事を取ろうとした途端、ビジネスが急に難しくなった。

日本企業ブリッジの経営者、橋本敬は、そんな経験を note に書いている。独立した当初、仕事の多くは元同僚や知人からの紹介で得ていた。その後、自分から新規顧客を開拓しようとして初めて、これまで周囲の人が「営業」とは数えられない多くの仕事を代わりにしてくれていたことに気づいたという。自分が何者で、何が得意で、なぜ会う価値があるのか。そして、仕事を任せても大丈夫な相手なのかを、先に伝えてくれていたのだ。

紹介者が渡していたのは、単なる連絡先ではなかった。顧客が彼に会う前に、疑問の一部はすでに他の誰かによって解かれていた。

こうしたことは、しばしば「日本は人間関係を重んじる社会だから」と説明される。けれど、それでは話が大きすぎて、紹介によって実際に何が受け渡されているのかが見えない。より正確に言えば、紹介とは人脈ではなく、信用判断の外部委託だ。顧客が本来自分でするはずの「この人は信頼できるか」という判断を、双方が信頼する人に委ねている。

少なくとも、紹介に頼り、長期的な協力を必要とするビジネスでは、能力が受注につながるまでにこの段階を通る。あなたを信じる理由を、次の人に話してくれる誰かが必要なのだ。

誰かを紹介することは、自分の信用で判断を引き受けること

「ちょっと紹介してほしい」。頼む側にとっては、メッセージを一本転送するだけのことかもしれない。けれど、紹介する側にとっては、そう簡単な話ではない。

クリエイターの林トモコは note に書いている。ある人から、その人の知人を、自分が知っている著名人に紹介してほしいと頼まれた。だが、紹介される本人について何も知らないため、安易には引き受けなかった。その人が何をしたいのか、どんなコミュニケーションを取るのか、問題が起きたときにどう対処するのか、判断できなかったからだ。

紹介した二人の関係がうまくいかなかったこともあれば、勝手に自分の名前を使って相手に連絡されたこともあった。だから彼女は、まず自分から紹介メールを送り、事情を明らかにしたうえで二人をつなぐことにしている。

外から見れば、こうした慎重さは閉鎖的にも映る。ただ知り合うだけなのに、なぜそこまで面倒な手順を踏むのか、と。

しかし彼女の立場から見れば、まずい紹介は二つの関係を同時に傷つける。友人は、紹介した相手の行動すべてについて責任を求めるわけではない。それでも、人を見る目については評価を改めるかもしれない。

外部に委ねられるのが信用判断である以上、それを引き受ける人は、自分の信用を損なうリスクも負う。だから、紹介者に動いてもらうには、優秀だと知ってもらうだけでは足りない。その人が大切にしている相手に、自分がどう接するのかも知ってもらう必要がある。目的が明確か、約束が過大ではないか、できないことは早めに伝えられるか、話がまとまらなくても相手を責めないか。こうした細部が、他人が自分の信用を担保として差し出せるかどうかを左右する。

もちろん、信用判断の外部委託は日本に固有の仕組みではない。長期的で反復的な協力関係において、重要になりやすい方法と考えたほうがよい。数本の個人的な文章から、日本社会全体を定義することはできない。

会ったあとも、誰かにもう一度説明してもらう必要がある

知人の紹介が解決するのは、会う前の問題だ。会ったあとも、外部委託は続く。

商品の説明はうまくいき、顧客の担当者もよいと思ってくれた。けれど、社内に戻れば、なぜ買うべきなのかを上司に説明し、何が変わるのかを関係部署に説明しなければならない。担当者が商品を気に入ったからといって、他の人を説得できるだけの材料がすでに揃っているとは限らない。

佐藤啓介は、稟議について論じた記事で、非常に具体的な注意点を挙げている。購買の決定はしばしば、営業担当者のいない場所で行われる。案件を前に進める人には、社内に持ち帰って使える説明が必要だ。投資と効果、他の選択肢、セキュリティ上の問題、解約条件、類似する顧客の事例などである。

openpage 創業者の藤嶋誓也は、自身の営業会議を振り返りながら、顧客が口にしたニーズを理解することと、その人が組織内で置かれている状況を理解することは別だと述べている。上司がどう判断するか、本人がどんなプレッシャーを負っているか、その提案が他の案件とどう競合するか。それらすべてが、話を前に進められるかどうかに影響する。

こうした経験をあわせて考えると、「日本の顧客は意思決定が遅い」という話も、単なる性格の評価ではなくなる。目の前にいる人はすでに賛成していても、自分に委ねられた判断を、まだその場にいない人へ引き渡す方法を持っていないことがある。

進捗を何度も尋ねるより、説明資料を一枚にまとめるほうが役立つかもしれない。機能をもう一度実演しても、担当者が本当に恐れている問いには答えられないかもしれない。もし問題が起きたとき、この会社を選んだ自分の理由は、それでも筋が通っていると言えるだろうか。

もちろん、資料によって、存在しない予算を生み出すことはできない。必要のない購買を必要なものに変えることもできない。失注のすべてを、営業が顧客を十分に支援しなかったせいにするのも、言いすぎだ。

身内の安心が、知らない人には参入の壁になる

この仕組みを理解することは、それを擁護することではない。

跡部徹は、山岸俊男の『安心社会から信頼社会へ』を論じた記事で、二つの状態を区別するよう読者に促している。一つは、安定した関係と拘束のなかにいるため、相手は簡単には自分を裏切らないと思える状態で、山岸の言う「安心」にあたる。もう一つは、そうした関係による保証がなくても、知らない相手を自分で判断し、協力する不確実性を引き受けようとする「信頼」である。

これは書評が示した解釈の視点であって、ここで独自に検証した国際比較上の結論ではない。ただ、この視点は、信用判断の外部委託という仕組みがもたらす代償を示している。内輪での協力が円滑だからといって、外にいる人にも機会が開かれているとは限らない。

同じ信用判断の外部委託が、旧知の相手には説明の手間を省く一方で、新しく来た人には何度も証明を求める。長年取引してきた会社なら改めて答えずに済む問いにも、新規参入者は毎回答えなければならないかもしれない。それが続けば企業は何を逃すのか。「慎重だから」の一言で済ませることはできない。

だから、日本でビジネスをするうえで学ぶべきなのは、あらゆる人間関係を親密にする方法ではない。知らない相手にも、自分を判断できる根拠を渡す方法だ。

紹介は出発点になっても、終着点である必要はない。納品や成果の履歴、明確な責任範囲、検証可能な事例があれば、これまで紹介者に担ってもらっていた証明を、少しずつ自分の手に取り戻せる。顧客が試してみようと思えるようにするには、最初の取引範囲を限定し、何をもって完了とするか、いつ中止できるかを決めておくことも必要だ。

次に顧客と会ったあと、「相手を説得できたか」だけを考えるのではなく、もう一つ問い直してみるとよい。自分を判断する根拠のうち、誰かの口添えではなく、相手自身が確かめられるものにできるのは何だろう。

参考資料

本稿は、以下の note.com の一般公開されている全文をもとに構成した。経営者やクリエイターの個人的な経験、営業支援事業者の実務的な見解、書評を資料としている。これらは具体的な仕組みを理解する助けにはなるが、日本企業全体の傾向を示すものではない。